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【犯罪】震災遺児の遺産で贅沢三昧 叔父の悪行 朝日新聞は“美談”として繰り返し報じてきた

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170218-00000533-san-soci

 東日本大震災で両親を亡くしたおい(15)の災害弔慰金や震災義援金などの財産を未成年後見人の立場を悪用して着服したなどとして、業務上横領や詐欺などの罪に問われた叔父で会社役員の島吉宏被告(41)=宮城県石巻市=に仙台地裁小池健治裁判長)が、懲役6年(求刑懲役10年)の判決を言い渡した。

 震災で傷ついたおいを引き取り育てる心優しい叔父―。朝日新聞など一部メディアは“美談”として島被告の動静を繰り返し報じてきたが、その裏ではおいに残されたお金を自身の飲食店の開業資金に充て、その後もメルセデス・ベンツなどの高級車や高級腕時計ロレックスを買いあさり、食事は焼き肉にすしと豪遊三昧。島被告は、おいに残された金額のほとんどにあたる計約6800万円をたった3年間で使い果たした。

 ■「僕が捜しているよ」

 平成23年3月、震災から数日後の石巻市の避難所に1人の少年の姿があった。両手には家族の名前を書いたボード。津波に巻き込まれた家族を探し、懸命に歩き回っていた。

 島被告のおいは、震災前は石巻市内で両親や祖母、いとこ2人の6人で暮らしていた。地震後、家族で車に乗り込み避難を開始したが、車ごと津波に飲み込まれた。ひび割れた窓からいとこと脱出したが、津波で手が離れた。助けを求める家族の声が遠くなるのを聞きながら気を失い、気が付くと家族と離ればなれになって寝ていた―。

 「僕が捜しているよ」

 避難所で家族を探す姿が震災から5日後の朝日新聞朝刊で取り上げられた。

 約1週間後、両親は遺体で見つかった。

 4月、おいは母親の弟である島被告に引き取られ、石巻市内のアパートでの生活が始まった。

 しかし、この時すでに、島被告は悪事に手を染めていた。震災で亡くなったおいの母親で自らの姉が、石巻市内で入院中だと偽り、銀行窓口で姉名義の預金通帳を再発行し、約120万円をだまし取った。

 おいを引き取った島被告は、仙台家裁石巻支部に未成年後見人の申し立てを行い、調査官の面接などを経て、震災発生から約2カ月後の5月16日、未成年後見人に選任された。

 判決文では、島被告がおいの両親がかけていた死亡共済金を受け取るためには、おいの未成年後見人になる必要があると説明を受け、申し立てを行ったと言及している。

 ■朝日「お答えすることない」

 朝日新聞はその後の様子も取材を続けた。記事中にはたびたび、「避難所で家族を探す姿が取り上げられたことをきっかけに、おいのもとへは全国から励ましの手紙、ゲームや漫画などの物資が届けられた」と記された。

 手紙や物資だけでなく、寄付金も寄せられた。捜査関係者は「寄付金が集まった一因は新聞報道」と話す。

 4月には、手紙を読む姿が報じられた。さらに6月には、オーストラリアの同世代の少年が書いた手紙が首相を通じておいに届いたことが新聞に掲載され、サッカー教室に通い始めたおいの姿も写真で紹介された。島被告は「親代わり」として紹介されている。翌年4月には、来日した少年とおいが交流する姿も報じられた。

 注目されたのはおいだけではない。23年9月25日、台風被害で被災した和歌山県那智勝浦町で島被告が泥の除去のボランティアに励む姿が、朝日新聞和歌山県版内で紹介された。3月16日の朝日新聞を読んだ読者から手紙や食べ物などがたくさん送られてきたことについて、「人の真心のありがたさが身にしみた」と話していた島被告だが、その一方ではおいに残された現金の着服を進め、真心を踏みにじっていた。

 島被告が犯行に及び始めてからも、その後4回にわたって継続取材をしてきた朝日新聞。取材の中で、島被告の犯行に気付くことができなかったのか。 同社広報部は産経新聞の取材に対し、「取材内容についてお答えすることはありません。また、事件についてのコメントもありません」と文書で回答を寄せた。

以下ソース